本音を言う、感情を伝える。
本音を言う、
感情を伝える、
ということが、
トラブルを引き起こしたり、
相手に受け止めてもらえないことがあるとすれば、
その本音が、
その感情が、
自分の中で大切なものとして、
扱われていないから。
その本音を、
その感情を、
相手を断罪するための、
道具に武器にしてやろうとするから。
その本音も、
その感情も、
自分の中で生まれたのだから、
自分のところにやってきてくれたのだから、
それがどんなものであれ、
自分が受け取るべくして受け取ったギフトだ。
他人には、
その本音に対する、
その感情に対する、
責任はないのだということを知る。
本音も、
感情も、
乱暴にぶつけるものじゃない。
大切に丁寧に優しさという包み紙にくるんで、
相手に差し出すものだ。
そうして受け取った贈り物を、
邪険に扱える人は、そうはいないはず。
もちろん、その相手が、
大切にするのか、捨ててしまうのかは、
相手が決めたらいい。
贈ったものは、相手のものだ。
自分は、
自分の大切な贈り物を、
贈りたい人に、
贈れたことに満たされるはず。
本音も、
感情も、
何かを変えようとして、
誰かを責めようとしてやってくるんじゃない。
自分によって、大切に扱われ、
誰かに、世界に、贈られるためにやってくる。